辻整形外科クリニック History of THA


このページは手術写真を含んだ外部サイトにリンクされていますので、手術写真を見たくない方は、リンクをクリックしないようにするか、ブラウザーの「戻る」で元のサイトにお戻り下さい。

◇◆人工股関節の歴史について◆◇

変形性股関節症は股関節の正面のX線写真(レントゲン写真)1枚があれば診断がつくと言っても過言ではありません。そのレントゲンが臨床に応用されたのは遠く1896年のことですが、驚くことにそれ以前の1885年にオリエールは傷んだ関節の間に人体の筋膜を挿入する手術を行い、1890年にグラックは人工関節の原型となる手術を行っていました。数多く手術が行われるようになってきたのは、1923年にスミス・ピーターソンによって大腿骨頭の表面に球形のガラスを埋め込む「カップ関節形成術」が行われてからです。しかし、カップ関節形成術(=表面置換型人工股関節)では骨頭末端の重要な円靱帯を切断し骨頭の10〜30%を支配する円靱帯からの動脈血流入と静脈環流が阻害され、内外側回旋動脈の血行も手術操作で傷むため、カップ内の骨頭や大腿骨頸部が血行不良により壊死に陥り、大腿骨頸部骨折に陥ったり阻血性大腿骨頭壊死になって骨頭とカップの間で偽関節状態となって痛みが増強し再手術を要する症例が頻発し、スミス・ピーターソン自身が表面置換型人工股関節は3年程ごとに再手術を要する手術であると患者さんに説明するようになりました。高齢者では円靱帯そのものが変形した関節で摩耗して重要性は低いのですが、円靱帯の正常な若い患者さんでは問題となります。術後、骨頭内の血流が回復する方と回復しない方がいて、回復しない方は術後骨頭壊死になり股関節の痛みのほかに手術した足が短くなってくるので自分でもわかります。骨頭内の血流障害が回復する方では、"buy time operation" としての価値がありますが、股関節脱臼などの外傷で骨頭の血流障害が発生した場合に手術侵襲がなくても骨頭壊死の発生する確率が10〜25%あります。(近年、臼蓋側の置換と共に表面置換型人工股関節を行う方法も始まっていますが、骨頭部分が破損して再手術が容易にできるといっても、新たに臼蓋側の再置換も同時に要し、破損していない骨盤側の健常な骨をさらに削るという別の問題が発生します。また、臼蓋側が最初にゆるむ事も多く、実際に過去の教訓では、臼蓋側が原因による再置換は大腿骨側が原因による再置換より多く発生しています。クリーンルームの普及以外はほぼ現在と同じ医療水準となった1970年代にも一時表面置換型人工股関節が見直され、欧米で行われましたが、1980年代になって10年成績は30〜60%の残存率と非常に悪い事が判明し、特に臼蓋形成不全(DDH)および大腿骨頭壊死(AVN)に対して手術したものでは、10年以内に63〜69%が再手術に至りました。) また、ガラスをはじめとして象牙やアクリルなどいろいろな素材が試されましたが、股関節はテコになって体重の3〜4倍もの力がかかる場所ですから、破損しない素材を見つけるまでに15年近くかかりました。1938年になってバイタリウム(コバルト・クロム合金)という金属のカップが使用され、人工物自体の破損は概ね解決できるようになってきました。同じ1938年に、初めてステンレス製の人工関節でできた「人工関節置換術」がワイルズによって行われ、今の人工関節手術の時代の幕があけました。1958年に研究に着手し1961年にチャンレイが雑誌ランセットに多くの点で今の人工股関節形成術の原型となる「新しい手術」を発表しました。チャンレイは臼蓋のカップの受け側にポリエチレンを使用し、骨セメントで人工関節を固定することによって、飛躍的に良好な成績を治めることができるようになりました。その後、人工関節に向かって骨が成長するタイプ(ボーン・イングロウス)のものや、骨に親和性の高い水酸化アパタイトなど新しい素材が開発され、力学的デザインや製作もCAD・CAMで行われ、ステムという大腿骨側に固定する部品についてはコバルト・クロム合金やチタン合金で良好な長期成績が得られるようになりました。今後の最大の関心事は、臼蓋といって人工関節を受ける側に用いられるカップの素材で、耐摩耗性の高い超高分子ポリエチレンもしくはそれに代わる破損しにくい新しい素材の開発が待たれることでしょう。日本の整形外科の歴史は約50年ですが、皆さんが新しい治療と思っていらっしゃる人工関節手術の歴史はその約2倍で、今日、人工関節手術で良好な成績が得られるのは、100年以上にわたる世界中の整形外科医の臨床研究の集大成としての成果なのですね。


◇◆表面置換型人工股関節の問題点について◆◇

大腿骨の表面だけを置換するので、ここが傷んでもあとでここだけ換えればよいという考え方での手術である。大腿骨側だけの置換では central migration や脱臼の問題があるので、臼蓋側にも metal-on-metal でカップを設置しなければならない場合も多く、その場合には、実際は臼蓋側が先に壊れてしまって大腿骨側だけの再置換ですまないことも多く、人工股関節手術なら再置換しなくてよい臼蓋側までカップごと再手術を要することになって大変具合が悪い。また、1980年代に判明した表面置換型人工股関節の10年成績は、現在の機種の人工関節の長期成績より悪い。さらに10年を越えてからの残存率もきわめて悪い。(どの図表かわからない方はこちらのコピー参照。グラフは縦軸が残存率で横軸が時間で、10年は"120 months"です。) 日本の股関節治療のパイオニアである京都大学医学部の人工股関節の長期成績(京大30年成績の3ページ目)が公開されていますが、従来のTHRの成績が表面置換型の成績よりはるかに良いことが、10年成績の明らかな違いを見ていただければよくわかると思います。(どの図表かわからない方はこちらのコピー参照。グラフは同様に縦軸が残存率で横軸が時間で、10年は"120 months"です。横の時間軸は上と違って国内最長データである30年分もあるので見る場所に注意。) また、膝関節では hinge型(蝶番型)の人工関節が使われたこともあったが、長期的に loosening(弛緩、緩み、ルースニング)の発生率がきわめて高く、術後感染率(overall infection rate) も10〜30%にも達したと報告され、1970年代初期を境に constrained type の人工関節から semi-constrained type の人工関節に移行したという歴史的経緯がある。Conventional THA よりも、さらに constrained な表面置換型人工股関節が生体の骨組織にかかる負担が大きいことは、過去の歴史的教訓をふまえて考えると当然である。また、体内で異音があり、関節内で溶出した重金属イオンが血中に移行するが、腎臓など生体に対する長期的悪影響についても、現在のところわかっていない。実際に最近の表面置換型人工股関節の機種で今の人工関節と同等かそれをしのぐ10年以上の安全性を含めたトータルとしての長期成績がよい事が実証されれば私も使用をぜひ検討したいと思っているが、最近の機種の術後成績発表は今のところまだほとんど10年未満である。